自分が何かを好きになった時のことって思い出しにくい。それはきっと直感で選んでいるからだと思う。同じように何かを始めるきっかけもそう。悩んだり困ったりするよりも先に始めて行動してしまっている。それを裏を返すとすれば、深く考えずに次に、そしてまた次にと進むことが大事なのかもしれない。自分自身の可能性を決めるだとか、自分はどれだけできるとか考えてしまうよりも動く。きっと楽しい。嬉しい時に時間の流れが早かったりとか、努力やがむしゃらに頑張ることが辛くなかったりするのはそこにある。今も何を考えて、どんな結果になるかを想像しながらであれば手が止まってしまうだろうし、それに頭の中に生まれる文字と手から出力される内容がシンクロしなくなる。限りなくそ速度が同調することで意識することなく文章や言葉が出てくる。自分がこうして文章を打ったり、作ったりするのが好きな理由はキーボードの練習が好きだったから。最初は出されたテキストを何分以内に何文字だとか、誤字脱字が何%以内だとかごく基本的なことでした。でも、何回も、何百回も練習しているとインプット、アウトプットではなくアウトプット、そしてまたアウトプットをしたくなる。もちろん、その前に知識や経験などにインプットがあることが前提にあるとは思います。それが何かを作る。創造することだとは知らずにアウトプットを続けていた。それはきっと好きだからとか、得意だから、長所だからという感覚を超えているのでしょう。たぶんですが好きでいることさえも気付いていない好きが人にはある。理由とか理屈ではないもので、その行為や行動が起こされる。きっと人間は機械以上に機会だと思った。それは自分自身だけかもしれないけれど。ただ、誰しも自分の中にある自分にとって相性が良く、他よりも優れている部分に気付けているのかはわからない。だけど、必ず一人一つくらいはあるんじゃないだろうか。いや、気が付いていないだけでたくさんあると信じたいな。ぱっちりウィンクの効果って本当に期待できるの?